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写意画・無根樹100首-第64首#507

写意画・無根樹100首-第64首#559– 道(タオ)の哲理詩に基づく写意画アート作品

 無根樹の詩には、天地との調和、陰陽の循環、無限の可能性を秘めた「根源的な力」が表現されています。
 この絵は、中国の武当山に代々伝統的に伝わってきた、符図として観念を写意した写意画で、行気(ぎょうき=気の流れ)によって、観念化された意が画面に宿る技法にて描きます。
座る人物が符図を掲げ、気の流れとともに描かれた写意画。道(タオ)の世界を象徴する霊的な図像が、観る者の心に響き、天地との調和と精神的な静けさをもたらす。 道(タオ)の世界には、「符図(ふず)」と呼ばれる霊的・象徴的な図像があります。
 これは一種の呪符でありながらも、単なる宗教道具にとどまらず、写意的に描かれた霊的絵画で、観る者の精神面に直接働きかける精神感応的な美術としての力を持っています。
 そのため、古来より多くの人々が、不老長寿、健康、吉祥、家庭の調和などを願い、こうした道家的写意画や符図を自宅や書斎、寝室に飾ってきたのです。絵を見ることは、単に美を愛でるのではなく、生活に「道」の気配を招き入れ、心身を調律するための行いとされていました。
 このように写意画は、単なる絵画表現にとどまらず、人の精神・生活・宇宙との調和を媒介する芸術です。
 この写意画は、「目で見るもの」ではなく「心で感じるもの」です。
 それは道(タオ)と通じ、自然の気と共鳴し、観る者の内面を静かに動かす力を持ちます。
 符図や写意画は、古より今に至るまで、”人の魂に語りかける「霊なる絵」”として息づいているのです。
 下記にこの写意画の意となる「哲理詩」無根樹の原文と、現代日本語訳とその解釈を添えておきましたので、是非お読みください。
 ※無根樹の作者「張三丰(1247年〜?)」は、太極拳を確立した人物としても有名で、太極拳にもこの無根樹を適用しました。補足として、武当山に伝わってきた太極拳との関連解釈も記載しておきました。

無根樹・第64首

写意画・無根樹100首-第64首#559– 道(タオ)の哲理詩に基づく写意画アート作品

原文

無根樹,花正黃,陰陽順其自然,氣隨心動。無為而無所不達,氣運隨風,自在如水。

現代日本語

根のない木に、黄色い花が咲く。陰と陽は自然に従って調和し、気は心に従って動く。何も為さずとも、至らぬことはなく、気の流れは風に乗って、水のように自在である。

解釈

この詩は、「自然と調和し、心と気が一致すれば、何事も成就する」という境地を表しています。行為を無理に積まずとも、自然とすべてが成る「無為自然」の姿が中心に据えられています。【1】無根樹,花正黃(むこんじゅ はなまさにきばななり) 根のない木に咲いた黄色い花。これは、現実の不安定さの中にあっても自然と調和し、明るく力強く生きる存在の象徴です。【2】陰陽順其自然,氣隨心動(いんよう そのしぜんにしたがい きはこころにしたがってうごく) 陰と陽のバランスは無理に取るものではなく、自然に調和すればよい。心の在り方によって気の流れが決まるという、心身一如の思想です。【3】無為而無所不達(むいにして いたらざるところなし) 「為そう」とせず、自然に任せることによって、かえってすべてが達成される。道的な理想、「無為自然」の核心を表しています。【4】氣運隨風,自在如水(きうんはかぜにしたがい じざいみずのごとし) 気は風に乗って流れ、水のように自在にどこへでも行き渡る。柔軟で執着のないあり方を称えた一句です。

太極拳との関連解釈

第64首は、太極拳の「無為自然」「意到気到」の原則を明確に示しています。【1】無根樹,花正黃:状況に左右されず自然体で咲く心 柔軟性のある心と体が、どんな状況にも対応できる「始まり」の象徴。【2】陰陽順其自然,氣隨心動:心と体の調和による動き 太極拳では、心の動き(意)が先導し、気と体がそれに従う。これは「意到気到、気到力到」とも言われる基本理念。(力=勁)【3】無為而無所不達:自然体でこそ道に通じる 力まず、構えず、自然に従って動くことが最高の修養。これが太極拳の奥義とも言える。【4】氣運隨風,自在如水:変化に順応する柔の極致 攻撃にも逆らわず、風や水のように流れることで、太極拳の「化勁(相手の力を流す)」が完成される。

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