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写意画・無根樹100首-首外第10首#298

写意画・無根樹100首-首外第10首#298– 道(タオ)の哲理詩に基づく写意画アート作品

 無根樹の詩には、天地との調和、陰陽の循環、無限の可能性を秘めた「根源的な力」が表現されています。
 この絵は、中国の武当山に代々伝統的に伝わってきた、符図として観念を写意した写意画で、行気(ぎょうき=気の流れ)によって、観念化された意が画面に宿る技法にて描きます。
座る人物が符図を掲げ、気の流れとともに描かれた写意画。道(タオ)の世界を象徴する霊的な図像が、観る者の心に響き、天地との調和と精神的な静けさをもたらす。 道(タオ)の世界には、「符図(ふず)」と呼ばれる霊的・象徴的な図像があります。
 これは一種の呪符でありながらも、単なる宗教道具にとどまらず、写意的に描かれた霊的絵画で、観る者の精神面に直接働きかける精神感応的な美術としての力を持っています。
 そのため、古来より多くの人々が、不老長寿、健康、吉祥、家庭の調和などを願い、こうした道家的写意画や符図を自宅や書斎、寝室に飾ってきたのです。絵を見ることは、単に美を愛でるのではなく、生活に「道」の気配を招き入れ、心身を調律するための行いとされていました。
 このように写意画は、単なる絵画表現にとどまらず、人の精神・生活・宇宙との調和を媒介する芸術です。
 この写意画は、「目で見るもの」ではなく「心で感じるもの」です。
 それは道(タオ)と通じ、自然の気と共鳴し、観る者の内面を静かに動かす力を持ちます。
 符図や写意画は、古より今に至るまで、”人の魂に語りかける「霊なる絵」”として息づいているのです。
 下記にこの写意画の意となる「哲理詩」無根樹の原文と、現代日本語訳とその解釈を添えておきましたので、是非お読みください。
 ※無根樹の作者「張三丰(1247年〜?)」は、太極拳を確立した人物としても有名で、太極拳にもこの無根樹を適用しました。補足として、武当山に伝わってきた太極拳との関連解釈も記載しておきました。

無根樹・首外第10首

写意画・無根樹100首-首外第10首#298– 道(タオ)の哲理詩に基づく写意画アート作品

原文

無根樹,花正繁,紫霞開,白露凝。天地氣,運行久,隱藏無形,化為風。

現代日本語

根のない木に、花は今まさに繁く咲いている。紫の霞が開き、白い露が凝る。天地の気は、長く巡り続け、姿を隠して形なくなり、やがて風と化す。

解釈

この詩は、「自然の霊妙な運行」と「無形の中にある真理の顕れ」をテーマにしています。無根の木に繁く咲く花は、表層の華やかさと、その奥にある気の流れの長い歴史を象徴します。【1】無根樹,花正繁(むこんじゅ はなまさにしげし) 根のない木に繁く咲く花は、目に見える繁栄と裏にある空虚の共存を表す。形は満ちていても、執着にとらわれない姿勢が示されています。【2】紫霞開,白露凝(しかひらき はくろこごる) 紫の霞が空を開き、白露が草葉に凝り固まる。天地の美しき瞬間が静かに描写されており、気象や変化の繊細な兆しを伝えます。【3】天地氣,運行久(てんちのき うんこうひさし) 天地を巡る気は、太古から変わらず運行している。これは全てが天地と同じように、無為自然に久しく行われることを示しています。【4】隱藏無形,化為風(いんぞうむけい かしてかぜとなる) 気は形を持たず、隠れたまま循環し、やがて風となって現れる。これは気は目に見えずとも作用し、外へと自然に発現することを表しています。

太極拳との関連解釈

首外第10首は、太極拳の「内なる気の育成と、無形から有形へ至る道」を象徴しています。【1】無根樹,花正繁:表現の豊かさと中庸の心得 繁く咲く花のように、太極拳の動きも豊かで流麗に見えるが、その根には虚心と気の流れがある。過剰ではなく、調和が肝心です。【2】紫霞開,白露凝:気の兆しに敏感であること 霞や露といった自然の細やかな変化は、太極拳の微細な感覚にも通じる。わずかな気配の変化を捉える敏感さが求められます。【3】天地氣,運行久:持続こそ力なり 気は急激に育つものではなく、長年の修練によって熟す。太極拳の真髄は、永く続けることで気が養われ、道が見えてきます。【4】隱藏無形,化為風:見えない力の顕現 太極拳において、気や意の働きは目に見えない。しかしそれが形を成すとき、風のように自然で力強い動きとなる。これが「無為自然」の力です。

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